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フラメンコ歌手(カンテを歌うカンタオーラ)ナランヒータの
スペインと日本行ったり来たり。
コンパス命の為のスペイン語命♪
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    JUGEMテーマ:音楽



    楽しく歌おう初心者クラスの生徒さん達、
    入会して半年あまりが過ぎました。

    スペイン語で読むことにもだいぶ慣れ、
    私やカンテのレッスンそのものにもずいぶん慣れたようです。

    もともとバイレをやっている方々なので、
    ぼちぼち興味はリズミカルな歌へと移ってきます。

    ”ブレリア、かっこよく歌いたいです!”

    そうですね。
    フラメンコやってる方なら、あこがれますよね。


    ”じゃ、ブレリアの肝ってなんだと思います?”

    いきなりこんな質問されても困っちゃいますよね。

    っていうか、それを習いに来てるんでしょ?


    答えは、、、、

    実は、スペイン語のアクセントです。


    同じブレリアのメロディでも、
    歌詞によって歌いかたが異なるのは、ご存知?


    歌詞によって、歌い始めのタイミングも違います。


    だから、
    ”このブレリアの歌は11の裏から出ます。”

    なんてことは、言えません。

    歌詞によって、12の頭の事もあるし、
    10から出ることも。

    それも、実際に歌う時のスピードにも影響されるし。


    決まりを覚えるのではなく、
    その時々、臨機応変に対処することこそフラメンコ。

    その自在さに、
    観客は惜しみない オレー!をかけるんですから♪


    さ、楽しく歌おう初心者クラスのみなさん。

    はじめますよ♪
     
    | 2010セビージャ,ビエナルフラメンコ  | 15:18 | comments(0) | - | - | - | 昨年の記事
    古きよきセビージャへの懐古趣味?
    0
      JUGEMテーマ:音楽




      セビージャ生まれの人に、時どきこんな事を言われます。

      ”セビージャは、もう他人の街みたいだよ。昔のセビージャが懐かしいよ・・・”



      中心地のほとんどを車両通行禁止にしてしまったセビージャ。

      観光の目玉のカテドラルに、バスで横付けができなくなって、
      アジア系の団体旅行客がよりつかなくなってしまいました。

      今ではカテドラルまで、一番近い駐車場から歩いて15分もかかります。
      観光の定番、美術館周辺も大型車両は一切入れません。


      ヨーロッパ系の個人旅行者には、
      安全に歩けるようになって、ずっと観光しやすくなりましたが、
      団体のアジアやアメリカの旅行者は減る一方。


      そんなこんなで、
      アジア系の団体客を多く受け入れていた、
      中心地の中華料理屋は郊外に引っ越さざるを得なくなりました。

      そして、タクシーの運転手さんにとっても、この事態は深刻です。
      だって観光客は、もうタクシーを使えないんですもん。



      そんな風に変わってしまったセビージャ。

      昔を懐かしむ人達は、昔風のデコレーションを建物に施したり、
      コプラのような懐かしい音楽を楽しんだり・・・


      フラメンコの世界でも、多くのコンサートで懐かしいメロディを取り上げています。

      古き良き時代の象徴とも言うべきグアヒーラやコロンビアーナ。
      そして伴奏の楽器演奏のアレンジも甘く切ないのが主流です。

      特に、ピアノ1本での伴奏なんかで哀愁を誘っています。


      こういう時流が、フラメンコの流行にも大きくかかわっているのです。
      | 2010セビージャ,ビエナルフラメンコ  | 18:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
      ビエナルコンサート録 (23)番外編 影の主役 ぼぼてのおいちゃん
      0



        今回のビエナルに最多出演した人、
        それは多分 ボボテ という踊り手さんでしょう。

        ボボテ??? って思う方も多いかもしれませんが、
        ボボテ氏は、マノロ・ソレール亡き後、
        多くの舞台でパルメーロを勤める踊り手さんなんです。



        いっつもにこにこして、陽気なその雰囲気に、私は勝手に 

        ティオ・ボボッティ(ぼぼてのおいちゃん)と心の中で呼んでいます。



        ぼぼてのおいちゃんは、小柄でちょっとおでこが広め、
        でも髪の毛は真っ黒で長くて後ろで束ねています。

        ちょこっとお腹が丸くて、あんよも控えめ、
        体型は、ちょっと出川哲郎さんに似ているかもしれません。

        楽しそうにパルマを叩くその姿は、ちょっとだけ、
        私の大好きな アホの坂田師匠や、池乃めだか師匠にも似ています。


        えっと、、、、実際はかっこいいんですよ、とっても。


        私が行った公演での、ぼぼってぃパルマ率は、なんと90%。

        テレビで見た公演の映像にも、必ずと言っていいほど出ていたので、
        多分、ほとんど毎日、どこかの舞台でパルマを叩いていたはずです。


        最初の頃は、ほっぺがぷくぷくしていたのに、
        ビエナル終盤では、すっかりこけてしまっていた ぼぼてのおいちゃん。


        私も終盤の舞台でおいちゃんを見つけると、

         がんばれー、
         もうちょっとだー、
         おいちゃんの他にフラメンコの舞台をまとめれる人なんていないんだよー。


        と心の中で、いえ時々は声に出して応援していました。



        もちろん、パルマは、その公演全体ののり を決める重要なポジション。


        その大事なポジションをほとんど1人でこなしていたと言うことは、
        今回のビエナルは、ほぼ ぼぼてのおいちゃん の のり 
        で出来ていたことになります。


        舞台の真ん中じゃなくてちょっと横のほうで、
        笑顔全開、体全部を使ってのりのりにパルマを叩くぼぼてのおいちゃんに、
        助けられた踊り手さん、カンテさん、ギターさんは数知れないでしょう。


        でも、オペラグラスでおいちゃん1人をアップでジーっと見ていると、、、


        おでこにしわを寄せ、周り全部に目を配り気を配り、
        微妙にパルマの叩き方を変えたり、周りに何か声で指示を出したりと、
        一瞬のすきもなく仕事をするその姿に。


        超かっこいいよ!!! ぼぼてのおいちゃーん!!!


        いつか私のコンサートでも、パルマ叩いておくれよ♪ ね♪
        | 2010セビージャ,ビエナルフラメンコ  | 21:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
        ビエナルコンサート録 (22)ラファエル・カンパージョのつづきのつづき
        0



          マノロ・ソレール、、、

          私は彼の生徒だったことが、、、5分間だけあります。

          たった5分だけ、いえ、実際はもっと短かったかもしれません。


          別に私がなにかした訳じゃないですよ。

          マノロが私たち当時のカンテスペシャルコースの生徒全員を拒絶したんです。


          今日は、その時のお話しを少し。



          カンテスペシャルコースは、今ではなくなってしまったコースで、
          大きなコンクールなどを狙っている生徒だけが集められた特殊なクラスでした。

          毎年1月から5月までの5ヶ月間だけ開かれ、
          クラスメイト達は、その後ビエナル、カンテデラスミナス、コルドバのコンクールなど
          重要なコンクールで数多く優勝しました。


          カンテの指導はナランヒート・デ・トリアーナとカリスト・サンチェスのみ。


          実技の他には、演技のクラス、教授法、音響セッティング方法、など
          プロ活動に必要な内容が色々と盛り込まれていたんです。

          その後、わずか数年間でこのコースは廃止されたので、
          私はこのクラスに選ばれたたった1人の外国人になってしまいました。



          そして、マノロ・ソレールのコンパスのクラスも、
          2ヶ月間だけですが、このコースに組み込まれていたんです。


          初回のコンパスのレッスンの時、私は何か事務所と相談事があって、
          5分ほど遅刻して教室に入りました。

          教室は普段のカンテ用のではなく、バイレ用の少し大きめの部屋だったんですが、
          なぜか中はしーんとしていて、
          見ると7人ほどのクラスメイトたちは、なんとなくそのあたりに立っていて、
          肝心の先生のマノロは、腕組みをして教室端の椅子に座っていました。


          ”どうしたの?”

          ただならぬ雰囲気にそう聞く私に、答えないクラスメイトたち。


          ”あ、すみません、ちょっと事務所に呼ばれていたので遅くなりました。”

          ”君、マヌエラだよね。君もカンテスペシャルコースの生徒だったね。”

          ”はい、遅れてすみませんでした。でも、、、どうしたんですか?”


          ”マヌエラ。荷物置いて、そこに座って。”

          教室中心にひとつだけ置かれた椅子を指差すマノロ。

          ”はい? あ、、、ここですね。”

          ”なんかブレリア歌って。”

          ”はい?”

          クラスメイトたちが小さくうなづきます。


          マノロが、いきなりぱんぱんとパルマを叩き始めました。

          しかたなく、当時から大好きなソロンゴをブレリアに乗せて歌いだします。


          クラスメイト達がハレオで応援してくれるなか、
          調子に乗って自作の歌詞で笑いを取ろうとする私に・・・

          ”もういい!”と履き捨てるようにマノロが言いました。


          いきなり、また、しーんとする教室内。


          ”マヌエラ立って。じゃ、ハビ、君が歌って。”

          ”はい・・・”とのろのろと立つ私。


          ”ブレリア踊って!”

          ”えっ??? あ、、、はい・・・”

          ぱんぱんぱん マノロのするどいパルマがブレリアのコンパスを出します。



          現在数多くのタブラオなどでも活躍している陽気なハビ。
          不安がる私にウインクをすると、楽しげに得意なブレリアを歌いだしました。

          私も気持ちを切り替えて、いつものように陽気に踊り始めます。

          踊り手のようにではなく、あくまでも歌手として、
          軽く面白おかしく踊る私・・・


          10秒くらい踊った頃でしょうか・・・


          ”セ・アカボ!!!(終わった)”と言うと、
          マノロはさっさと教室を出て行ってしまったのです。



          ”え!!! 私なんか悪いことしたの???”

          びっくりする私に、クラスメイト達が何があったのかを説明してくれました。




          当日、レッスンの開始時間通りに教室にやって来たマノロ。

          生徒の顔ぶれを見て

          ”お前達に、この俺がいったい何を教えるんだよ。勘弁してくれよ。”

          とつぶやくと、椅子に座り込んでしまったんだそう。



          ”マノロ、、、えっと、あなたのコンパスは素晴らしいです。”

          ”あ、、、、俺は特にブレリアが好きです。”

          ”先日、劇場であなたのパルマを聞きました。”


          生徒達も頑張ったようですが、マノロの顔は曇ったまま。



          しばらくして、意を決して立ち上がり、マノロは生徒達にこう言ったんだそう。


          ”端から順にブレリア歌って、で、隣の人が踊る。短くでいいよ。”


          しかたなく生徒達はかわるがわる歌い、かわるがわる踊ったんだそう。


          それもわずか数分で終了し、
          またマノロが椅子に座ってしまったところで、私が登場したんだそう。




          2ヶ月間毎週あるはずのコンパスのクラスに、
          肝心のマノロは、この後2度と現れませんでした。


          マノロの訃報を聞いたのは、そのわずか1ヵ月後のことです。
          | 2010セビージャ,ビエナルフラメンコ  | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
          ビエナルコンサート録 (21)ラファエル・カンパージョのつづき
          0



            丁寧に丁寧に、
            当時のマノロ・ソレールのリズムを再現するラフェル・カンパージョ。

            すべては舞台上に置かれたカホンが象徴するマノロ・ソレールに捧げられます。



            前回のブログでも書きましたが、フラメンコ芸術学院の卒業公演でも、
            マノロ・ソレールの追悼演目がありました。

            その時の主役が、当時まだ20歳そこそこだった踊り手のチョロ。

            その後、コルドバのコンクールで最終選考まで残った事で知られるようになり、
            今では、そのジャニーズ系の容姿もあって若い女の子もファンも多いようです。



            おっちょこちょいで陽気なチョロは、
            当時はみんなにかわいがられる弟分という感じでした。


            ミラグロ・メンヒバルの”カンテと踊りの関係”のレッスンで、
            私がペテネーラを歌う事になった時、

            ”ペテネーラ歌うとお化けが出るから・・・”と、
            すらこらさっさと逃げ出したチョロ。


            ミラグロに見つかって、
            結局、チョロ自身が踊らなくてはならなくなった時の涙目が、
            今、思いだしても笑ってしまいます。


            ミラグロ ”ペテネーラ踊らないなら、奨学金カットしてもらうよ。
                  もう学校にこられなくなるんだよ!”

            チョロ  ”だだだ、、だってー・・・”

            友人1  ”チョロ、お前、お化けが怖いんだろ。”

            友人2  ”お前、いくつだよ。”

            チョロ  ”ち、ちがわい。怖くなんか、、、って、、ここ2階だよね。”

            わたし  ”そうよ。そこの窓の外にお化けがくるはずよ・・・、
                  あ、ほら来た!”

            チョロ  ”うわーーーー!!!”


            ぷぷぷ、、、みんなでよってたかって、ついついいじめてしまいます。



            踊り終わって、
            ミラグロに、”どうだい?ペテネーラっていい歌だろう?”と聞かれて、

            小さな声で ”え、えっと、よく覚えてないです。”と恐々答えるチョロ。

            場内大爆笑。

            チョロ君、それは歌った私にとってもとっても失礼ですよ!笑




            今回のラファエル・カンパージョの公演でも、踊り手として参加したチョロ。

            ひげを蓄え、体型もだいぶ大人?になったようで、真面目な公演のはずなのに
            またもくっくくっくと笑ってしまう困った私なのでした。


            実はチョロもナランヒートのお通夜の晩、朝まで一緒にいてくれた1人なんです。
            | 2010セビージャ,ビエナルフラメンコ  | 06:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
            ビエナルコンサート録 (20)ラファエル・カンパージョ
            0



              今回のビエナル、最初の週はギターのコンサートが多く、
              中盤はカンテが多かったのですが、最終週はバイレの公演ばかりが目立ちます。


              という訳で3つ目のバイレ公演、ラファエル・カンパージョに行ってきました。

              今まで、バイレ公演の会場ではそこそこ日本人を見かけたのですが、
              この公演、テアトロセントラル中が、まさに日本人だらけ。

              ありゃ、セビージャにこんなに日本人がいたなんて、、、とびっくり!

              今までほとんど見かけなかったのは、
              私がカンテの公演ばかり行っていたせいのようですね。



              今回のラファエル・カンパージョの公演のテーマは、
              マノロ・ソレールを讃えるものでした。


              マノロ・ソレールは、今から7年ほど前に亡くなったバイラオールです。

              でも、実はバイレよりも知られていたのが、そのパルマの技術の高さ。
              ものすごいリズム感とバイレの経験と知識で、
              数多くの公演でパルメーロとして活躍しました。


              私の卒業したセビリアのフラメンコ芸術学院でも、
              亡くなったその年もパルマ講師として招かれていたんですよ。

              私も偶然その時学校で学んでいたんですが、
              なんの前触れもなくいきなり亡くなったので、
              学校中が騒然としたことを今でも覚えています。


              そして、彼に育てられたバイレの生徒達が、
              フラメンコ芸術学院の卒業公演で行った
              ”マノロソレールに捧げるバイレ”は今でも忘れることが出来ません。

              舞台の真ん中にカホンがひとつ、その上に赤いバラの花が置かれ、
              その周りを彼を慕う大勢の生徒たちが入れ替わり立ち代り踊りました。



              そんなことを思い出していたら、
              いつのまにか舞台の上には卒業公演の時と同じように
              マノロ・ソレールを象徴するカホンが置かれ、
              ラフェル・カンパージョの踊りがはじまったのです。
              | 2010セビージャ,ビエナルフラメンコ  | 08:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
              ビエナルコンサート録 (19)エバ・ジェルバブエナのつづきのつづきつづき
              0



                日本人は戦争というと遠い話しだと思う人が多いかもしれません。

                でも、スペイン人にとって戦争はとっても近い話しなんです。

                フラメンコの発展と切り離せないの戦争の影響。

                私たちが現在楽しんでいるフラメンコも、
                この内戦がなかったら今の形になってはいないでしょう。



                そして、、、、

                毎度で本当に申し訳ないのですが・・・


                前回のブログでご紹介した透き通る声で歌う旅芸人役のカンタオール、
                実はナランヒートのクラスでずっと一緒だったヘロモ・セグラでした。

                ウエルバの出身、
                男子生徒の中で一番ナランヒートにかわいがられていたのが彼です。
                もし私があの日スペインにいなかったら、
                おそらく彼がナランヒートになっていたと思います。

                ただ、ナランヒートがなくなった時には、
                すでに本名でカンテデラスミナスのコンクールで優勝していて、
                フラメンコ界に名前が知られていたので、
                本名のままの方がその後の活動の為にもよかったでしょう。



                そのヘロモが、前出のピエロの歌のほかに歌ったのが、
                本人のふるさとの歌、ファンダンゴデウエルバ。

                1999年のファンダンゴデウエルバのコンクールも優勝しているヘロモの、
                得意中の得意の演目です。

                クラスメイトだったころ、ヘロモにウエルバを案内してもらったとき、
                海辺に車をとめて歌ってくれたファンダンゴデウエルバは
                今でも忘れられない思い出です。


                その他には、ナランヒートの往年のヒット曲、
                タンゴグアヒーラも彼の得意中の得意。

                今回、ナランヒートが使っていた歌詞でたっぷりと披露してくれました。



                ただ単に踊りバックのカンテを頼んだ、というのではなくて、
                カンタオールの特性を生かした選曲、そして舞台演出に、
                私は思いっきり感動したんです。


                タンゴグアヒーラがはじまった時には涙がこぼれてしょうがなかったですし、

                ファンダンゴデウエルバを歌いだした時には、

                        大声でヘロモー!と叫んでしまいました。



                こういう事のひとつひとつが舞台に命を注ぎ、魅力あるものにするんですよね。



                本当は踊りの素晴らしさを語るべきだったんでしょうけど、
                それは他の方々に譲って、1人のフラメンコ歌手として、
                フラメンコ理論講師としての感想を書いてみました。


                エバのすごさ、ちゃんと伝わったでしょうか?
                | 2010セビージャ,ビエナルフラメンコ  | 04:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
                ビエナルコンサート録 (18)エバ・ジェルバブエナのつづきのつづき
                0



                  エバがろくろで回されていると、
                  舞台は古きよき時代のお祭りにかわります。

                  色取り取りだけれど簡素で少し暗い照明が、
                  一気に当時へと連れて行ってくれました。


                  そこに、チャップリンの映画の一場面のような男女の姿。

                  かわいいあの娘に恋しても、所詮、俺はピエロなんだ。
                  映画の中のチャップリンそのままの姿のバイラオールが、
                  ステッキに山高帽姿で踊ります。


                  そんな彼の心情を歌うのが、
                  当時のお祭りに付き物の手回しのオルゴールを持った、

                     旅回りの芸人、、、に扮したカンタオール。


                  俺はピエロ、、、ピエロ、、、どんなに恋しても、、所詮ピエロ、、、


                  カンタオールの透き通るような綺麗な声が、物悲しさをより強調していました。



                  ちなみに、この公演には日本でいう踊りバックのカンテさんは存在しません。

                  歌手も踊り手も、あくまでもこの舞台上に1人の役者として登場し、
                  その表現を、歌や踊りに求めているのです。



                  続いて、オルゴールを身につけた芸人が歌う、陽気なタンゴグアヒーラにあわせて
                  ひざ丈のふりふりスカート姿のかわいいあの娘が踊ります。

                  あくまでもコケティッシュにコケティッシュに踊るかわい子ちゃん。
                  踊りももちろん芝居の一部、
                  わざとちょっとチープにした伴奏も雰囲気を盛り上げています。


                  その後、おもむろに登場し、
                  とぎれとぎれに芸人が歌うタンゴに合わせ、とぎれとぎれに踊るエバ。


                  このあたりから、バックの音楽の素晴らしさが際立ちはじめます。

                  その後でもエバ扮する主人公の心情を表すのか、
                  今までに聞いたことの無い不安定なコード進行でのカンテ伴奏が続きます。

                  その不安定さが、彼女の心を映しているかのようです。



                  実はこっそり小さな声で一緒に歌ってみたのですが、
                  不安定なコード進行のはずが、これがとっても歌いやすいんですよね。

                  今までに出尽くした感があるカンテ伴奏のギターのコード進行。

                  でも、こんなに斬新でかつ歌いやすいコード進行がまだあったんだなって思うと、
                  ちょっとにまにましてしまいました。

                  とっても暗く重い場面でにやついちゃいけませんね。


                  その後も、思いっきりフォークロア調にファンダンゴデウエルバを踊るエバなどなど、
                  今までに見たことがないエバの姿をたくさん見ることが出来ました。



                  そして、、、、最後にまた、場面はろくろに戻ります
                  | 2010セビージャ,ビエナルフラメンコ  | 18:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
                  ビエナルコンサート録 (18)エバ・ジェルバブエナのつづき
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                    では、エバの公演がどんだけすごいのかを熱く語っていきたいと思います。


                    まず、この作品<Cuando yo era...>(私が、、、だった頃)は

                    バイレの公演というより、さしずめ1本の映画を見るようでした。


                    この公演の録画を、そのまま現代アートの美術館で上映すれば、
                    現代アート作品としても、十分に評価されると思います。

                    私の周りに座っていた地元セビージャの観客たちも、
                    これって現代アートよね。 って口々に言っていましたし。

                    もちろん、現代アートマニアの私にとっても、最高の現代アート作品でした。



                    主題となったのはスペインの悲しい歴史、、、内戦です。


                    実は、フラメンコの理論を教えるにあたってかなり勉強したのがこの内戦について。

                    内戦でフランコが勝利したことで、フラメンコは悲しい時代を向かえ、
                    多くのフラメンコ歌手が投獄されたり、非合法的に処罰を受けたりしました。

                    内戦が始まったのが、今からわずか75年ほど前のこと、
                    フラメンコの100年の歴史は、内戦とフランコの影響を多大に受けているんです。


                    内戦やフランコについて、こちらの友人に話しを求めると、
                    一瞬みんな一様に顔を曇らせ、でも、しばらくすると静かに語りはじめてくれます。

                    それは、家族の誰かが実際に受けた悲しい事実の羅列だったり、
                    今でも残る、本人の心の中の葛藤だったりするんです。

                    フランコの時代は1970年代後半まで続いたので、
                    私の世代のスペイン人達は、フランコ式の教育を受け、
                    そしてその崩壊も経験しています。


                    そしてその悲しい歴史は、
                    まるで汚泥のように彼らの心の奥底にいまでも堆積しているんだそう。



                    そんな歴史を象徴するかのように、
                    舞台上でエバはろくろを回し粘土を器に作り変えます。


                    その出来上がった器を、今度は自らつぶし腕にはめ、
                    その後地べたにおいて足で引きずり、
                    結局は、自分自身が粘土となってろくろで回されるのです。


                    そんな象徴的なオープニングではじまった公演は、

                    古きよき時代へのノスタルジー、
                    失われた時代へのあこがれ、

                    そして、今なお深く残るむなしさ、心の痛みへと続いていきます。




                    尚、フラメンコと政治の関係については、
                    丁度、1週間ほど前にそれらを主題にした講演会に行ってきたところなので、
                    後日、ビエナル理論講演録としてまとめてご紹介したいと思います。
                    | 2010セビージャ,ビエナルフラメンコ  | 17:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
                    ビエナルコンサート録 (17)エバ・ジェルバブエナ
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                      マリア・パヘスに続いてまたもバイレ公演に行ってしまいました。


                      エバ・ジェルバブエナです。


                      ちょっと前まで、エバ・ラ・ジェルバブエナと名乗っていましたが、
                      いつのまにかラがなくなっていますね。
                      私もいつか、マヌエラ・ラ・ナランヒータのラを取っちゃおうかな、、、



                      さて、とにもかくにも、エバが現代のフラメンコ界を代表する踊り手である事に
                      異論を唱える人はいないでしょう。


                      セビージャ1の劇場マエストランサを2日間満席に出来る踊り手は、
                      スペイン中探しても、そう多くはありません。



                      先に言っちゃいますね。

                      今回のビエナルで見た全公演の中で、私のNo.1 は間違いなくこの作品でした。



                      もちろん、マリア・パヘスも素晴らしかったですよ。

                      でも、、、その素晴らしさはフラメンコ外のアーティストを迎え入れての事です。


                      他にも色々な公演で、フラメンコ外のアーティストを迎え入れて、
                      斬新な、かつクオリティの高い作品はありましたが、
                      この公演は、すべてのアーティストがフラメンコの人だけで出来上がっていました。

                      フラメンコアーティスト達を巧みに使う事で、ものすごく芸術性の高い、
                      かつとってもフラメンコな作品を作り上げてくれたんです。


                      この公演を作・演出した エバって偉い!!!


                      音楽監督の パコ・ハラナもとっても偉い!!!



                      フラメンコは、もう外のアーティスト無しには、
                      クオリティの高い作品は無理なんだと思い込んでいた私の頭に、
                      冷たいお水をざっばーんとかけてくれて、本当にありがとう。



                      どこがどうすごくて、どこがどう偉いのか、
                      これから少しずつ書いていきたいと思います。

                      かなり長期の連載になってしまったら、ごめんなさい。
                      | 2010セビージャ,ビエナルフラメンコ  | 20:02 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事